ニッコマで浪人日記

日東駒専で浪人をしている者が国立を目指す荒唐無稽なストーリーです

受験の目的

 いつも以上に取り留めのない話で読みにくいです。

 


 

 昨日の夜、受験を終わられた方のブログなどをちょっと読んでいた。その中の一つに、バラ色の大学生活を送っているという旨の記事があって、それを読んだ。そこに書いてあったのは、入学前にtwitterで新入生と繋がって、入学式で初めて顔を合わせて、そんでそこから交友を広げたという内容だった。その人のコミュニケーション能力が高すぎて、そして自分のあの友達がいない日々を思い出して暗い気分になった。そのブログの記事で、大学ぼっちに対して煽るような文言があったから余計に、大学を退学してから思い続けてきた、「再入学先でもぼっちになるかもしれない」というような思いが止めどなく溢れてしまって、寝付けなくなった。普段は十二時くらいに寝るんだけれども、三時くらいになってもとんと寝れず、ようつべでスチャダラを聞いたり数学を解いたりしても気も漫ろだった。

 twitterFacebookもLINEもやりたくない(LINEだけはある)し第一携帯はガラケーにしたいし、twitterのリアアカは今までの友人をわーっとフォローしたりするらしいが僕は高校時代の人とも親友以外は繋がっていたくなんかない。でも大学で気の合う友人は作りたい。大学で本当に一人でずっと過ごすってのはかなり苦しいし寂しいものなのである。友達は作らねばならない。そうなったら自分で出会いを作っていくしかないわけで、例えば大学受験終了後は自分でアカウント作ってハッシュタグつけて「春から○○大」とかプロフィールに入れたりすんのかよ、ええーっ、必死すぎねえ? そんだけ動き回っても友達作れるかは分からんわけだろう、大体自分はどんな人と仲良くしていけば良いのか、ウェイになれるようにキャラクターを頑張って帰る必要があるのか、とかグルグルグルグル考え込んでしまっていた。

 

 そんで確か朝5時くらいになって、考え疲れて漸く睡眠に入った。

 んでそこから夢を見た。

 僕はその時大学生、それも新入生だった。あー大学受験終わったんだなと思っていたら、よく分からないけど名古屋大にいるらしいことが分かった。何故だ。僕は志望校に名古屋大を入れてないのに。とかちらっと頭を掠めるものの、その時は、僕、名古屋大受かったんかよすげー! とか思っていた。東北大とか第二志望の私大とか気になるところはあるけど取り敢えず名大生になれている喜びと不思議で体は満ち満ちていた。

 そんで入学後の学力試験(僕の元いた大学では受けた)を受けに、僕は教室へ急いだ。教室を開けると内装は結構質素な感じだった(名古屋大の実際は知りません)。そんでもう試験は始まっていて、皆席についていた。最初は、うわーこれ僕どこに座れば良いんだろう、なんてその場をうろついていたんだけど、次第に周りの試験を受けている人たちの姿が目に入るようになった。見てみると、誰もかれも結構真面目そうな感じだった。浮ついたような雰囲気の奴はいなくて、如何にも勉強のできそうな人がそこにはたくさんいたのだ。そしてその人たちは一生懸命に試験を受けていた。その光景を見た時に、ああ、僕はこんな見るからに真面目で頭の良さそうな人たちと同じ大学に入れたのだ、肩を並べられるのだ、という思いがわっとこみ上げてきた。その人たちと同じ空間にいられるということそのものが嬉しかった。夢が覚めてしまうと、ああ、そういう事だったんだなと思う自分がいた。

 

 その夢を見る前日には、第二志望(実質第一志望)の私大の国語を解いている最中に、「この大学のこの学部には○×(親友)が受かってるのになんで僕はこの問題を解かなきゃいけないんだろう、あいつはもうこの学部に通って大学生活を送っているのに!」という、器の小さくてどうしようもない思いに囚われて仕方がなかったりしていた。

 

 でも、大概おかしいあの夢を見て、今はそういう囚われていた自分を俯瞰して、アホだって思うことができる。

 友達が出来る出来ないとか同級生がその学部に行ってるとかは、僕の受験の、本当の目的には深く関係してこない。ただ、そういう真面目な人たちと同じ空間に行けるということ自体に価値があって、それが意地とプライドをかけて今やっている僕の大学受験の最大の目的なんだろう、と思う。ひいては第一志望の大学に行くということそれ自体が僕の受験の目的なのかと。まあ第一志望というか、国立大学というか。

 この一年、通常ではありえない(まして浪人ならもっとあり得ない)、私大専願から国立大学志望に変えた意味はそれにあるのか、と。ここ半年くらいはずっとその意味を見失っていたけど、今日のこの、よく分からん妙な夢に僕は教えられた。

 まあはっきり言って国立大学でもちゃらちゃらした人はいるだろうとは思うけど、でもそんな事は知ったこっちゃない。僕は環境を変えて、そんで勉学に励む。知性があって個性的な学友と交流をしながら、自分自身を深めていく。そのために国立に行くのだなと思う。

 

 断っておくが、僕の通っていた大学の学生に知性が無いわけではない。頭の良さという点でも、僕には、一人だけだが、(真偽は不明なものの)現役時代に受かっていた医学部を蹴って浪人してニッコマに来たという知り合いがいた。また、頭の良さだけで人間の良さは図れないとも分かっている。僕の好きな(と書くのも変だが)本当に心根の優しいとある親友は、現在ニッコマに通っている。そいつとは今でもお互いに色々と励まし合ったりする。そういう事とは違う側面で、僕はそういう風に思っている。

 まあ、大学に通っていた時のあれこれは、大学受験が終わってから受験生活を総括する中で書きたいと思う。ああ、気持ちよく書けるように頑張ろう。

 

 取り敢えず今は、勉強をするその目的の輪郭がはっきりとしている。今までのように、大学受験をするという点で気持ちがぶれることは恐らくない。と思う。